小林千晶について

京都の結婚相談所ファミリーデザインの代表であり婚活コンサルタントである小林千晶の経歴を紹介させていただきます。

代表プロフィール

小林千晶こばやしちあき

京都の結婚相談所ファミリーデザイン代表
婚活コンサルタント・アドバイザー

1976年、京都市西京区生まれ・在住
大手結婚相談所、中小規模の結婚相談所での勤務を経て独立。これまで200人以上の婚活をサポート。

30代前半で結婚するもその後、離婚。37歳の時に9歳年下の夫と再婚。現在一児の母。

日本メンタルヘルス協会修了・認定心理カウンセラー

趣味・好きなコト
恋バナ、夢バナ、ゴルフ、ドラマ、歴史、ラーメン、から揚げ、V6岡田くん、絶叫系遊園地
影響を受けた人
福島正伸さん(経営コンサルタント)
おかざきななさん(スタープロデューサー)
衛藤信之先生(日本メンタルヘルス協会)
子宮委員長はるちゃん
HAPPYちゃん
SNS
facebook

恋愛の話が大好きだった幼少期~学生時代

小学生のころから恋愛の話が、24時間聞いていられるくらい大好きでした。このころの愛読書は「りぼん」。「ときめきトゥナイト」が大好きでした(*´▽`*)
少女漫画から恋愛について学び、恋に憧れる日々を過ごしていました。

学生時代は片思いの日々。苦手な教科やスポーツも好きな人が得意と知り、その人に教えてもらうチャンスにこぎつけたり、自分でも頑張って克服したり。成績も赤点からクラス2位になるまでに。

このとき、恋のパワーは自分を成長させる大きな原動力になる!ということを経験しました。

好きな人に近づけて、できなかったこともできるようになれるなんて、恋って素晴らしい(*´▽`*)


19歳で恋人が出来てからは家族とも友達とも違う<異性との深い付き合い>を楽しみました。楽しいこともたくさんありましたが、自分の感情をコントロールすることがこんなにも難しいことかと感じ、相手との人間関係で学ぶこともたくさんありました。

人間の感情の変化や喜び苦しみを体験したことで、恋愛は、「生きている素晴らしさ」を経験できるものだと感じました。

20代~30代前半:結婚相談・婚活業界に飛び込むも…

社会人になった20代は普通の派遣OLでした。

稼いだお給料は全部自分に使う日々。デート三昧でお稽古もかけもち。最初は楽しかったですが20代後半にもなると、消費消費の毎日に「このままでいいのかな」と思うようになります。

コツコツと貯金していたお金で30歳の時、カナダへワーキングホリデーへ行くことを決意。新しい生活と英語が話せる自分になることへ夢いっぱいで渡航しました。

カナダ生活は楽しく、英語は中学レベルもなかった私が多少は話せるようになりましたが、海外渡航が目的だった私はカナダでの生活に新しい目標を見つけられず1年弱で帰国。

それでも久しぶりの日本に、懐かしさや今までにない愛国心を感じられるようになっていました。

そのころから、「自分だけに生きるのはもう飽きた。誰かほかの人の役に立つことがしたい」と、自分さえよければいいと思っていた以前の私からは考えられないくらい成長した思いを持つようになっていきます。

そんな中、恋愛でうまくいかない友人にアドバイスしたり、異性を紹介して背中を押したり応援したり、それでうまくいって笑顔になってもらえることが嬉しくて、恋愛や婚活のサポートをライフワークにしたいと思い始めました。

そこで30歳の時に大手結婚相談所に転職!

きっかけは数度目の転職活動のうちのひとつ。という程度でしたが、出会ってしまいました。「恋愛をテーマにお仕事ができるなんてステキすぎる!」
初めて結婚相談・婚活業界へ、ワクワクドキドキ希望とやる気に満ち溢れていました。

と、いざ飛び込んだものの、仕事はお客様の婚活サポートをすることよりも、どれだけ独身者を入会させて高額ローンを組んでもらえるかの営業が優先され、営業活動をしないと自分の給料にならないという婚活企業の裏事情を知りました。(今はだいぶ減りましたが、サポートよりも入会させることが目的になっている結婚相談所もまだまだありますので、相談所選びはよく見極めましょう。)

店長が親身になって育ててくださり、店舗トップや全国上位の営業成績を上げてしばらく続けたものの、お世話ではなく営業主体の会社の考え方に疑問を感じて退社を決意しました。

30代中頃:さらに経験を経て、結婚相談所をスタート

退社した後、婚活されている方とちゃんと向き合ってサポートをしたいと思い、中小規模の結婚相談所に入社しました。
そこで仲人としての経験を積みながら、個人でもお食事会を企画したり、異性のお相手紹介に取り組んできました。

その後、理想の婚活サポートに取り組むために、個人で結婚相談所を設立、仲人としての活動を本格的にスタートしました。

当初は、いわゆる大手結婚相談所のネットワークに仲人として加盟して、たくさんの異性のデータの中から、依頼者の条件に合った相手をマッチングする、一般的な結婚相談所のサービスを始めました。

でもそこでもなかなか自分の理想のサポートができないもどかしさを感じるようになっていきました。

ネットワークに加盟していると、たくさんの異性のデータの中からマッチングできるメリットはある一方で、制限事項があり、やりにくさを感じていました。

例えば「これ独身男女に良いかも!」と思うようなイベントやサービスがあっても、自分が加盟している大手結婚相談所以外のものだと、「他社の宣伝になるので紹介してはいけない」といった制限です。

自分を頼ってくれる人にとって、良いものなら他社のものでもおすすめしたい、でもできない…

加盟先結婚相談所の理事長に相談すると「そんなことをしていると他にお客を渡すことになる。自分の集客のことを考えなさい」と言われる。

頼ってくれた利用者の方に一番いい方法をおススメしたいのにできないもどかしさが募っていき、自由にサービス展開ができるよう完全独立を決意。加盟していた結婚相談所ネットワークを退会しました。

当時の私は「どこへ行っても中途半端、、、」と落ち込んだりもしましたが、今思うと、「自分で自由にやりなさい、できるから!」と神様が仕向けていてくれたのかもしれません。こういった経験から、無理に心にふたをして頑張ったり立ち向かうよりも、自分で新しい世界を開拓すればいいんだという思考が生まれました。今うまくいっていなくて苦しんでいる人も、ちょっと枠を超えたら居心地のいい世界が待っているかもしれない。同じところで苦しみ続けず、外の世界にも目を向けて欲しいなって思います。

 

30代後半~:婚活コンサルタントとして再スタート

大手結婚相談所の仲人登録を退会したことで、よくある結婚相談所のようなたくさんのデータの中からマッチングするサービスはできなくなりました。

でも今度こそ、自分が良いと思ったものをおすすめしたり、その人のためになると思ったことを、しっかりお伝えしてサポートしていくために、婚活コンサルタントという形へ方向転換しました。

  • 同業ライバル関係なく、独身男女に役に立つ情報のご紹介
  • マッチングするだけでなく、その人の悩みや課題に合った具体的なアドバイス
  • 信頼できてちゃんと二人三脚でお世話をしてくれる、依頼者に合った仲人さんの紹介
  • ネット婚活など、比較的安価で新しく、結果も期待できる婚活方法の提案
  • 依頼者の課題に合ったセミナーや講師の紹介
  • 行政や地域の方、他の業者の方と協力したイベント、セミナー、飲み会の開催・紹介
  • 人脈を生かした異性の紹介

などなど、婚活をされている方が、ひとつの方法に縛られずその人に合った婚活を提案できるよう、私自身も日々色んな勉強をしながら婚活サポートに取り組んでいます。

 



その他、私自身の結婚や家族づくりの経験についても少し…

 

33歳:結婚、不妊治療、、、、するも離婚

私の最初の結婚についてお話します。

OL時代に同じ職場だった男性と結婚ののち、不妊治療を経験し、子どもを授かれない苦しさ、女性として人間として不完全であるようなつらさを体験しました。

また、きれいな病院であっても、待合室の暗く沈んだ空気にも異質さを感じ、全くメンタルケアをする余裕のない不妊治療にも疑問を感じました。

不妊女性がつらさを吐き出すコミュニティがほとんどないことにも驚きました。

笑ったり泣いたり、心のままを安心して吐き出せる場所があったらいいのに、、、


多くの不妊治療夫婦は、夫が協力的でないケースが多いのです。

男性も自分が欠陥があると認めたくないので検査にも消極的。そもそも、性のことを包み隠さず話せる夫婦がどれだけいるのでしょう。

元夫との妊活は、そんな一般的なご夫婦から比べると検査などにも協力的でしたが、やっぱり「言われてるからやる」程度。自分から積極的に情報収集したり生活習慣を変えたりなど能動的に動くことはありませんでした。

また、お金や連絡、将来設計など大事なことにも無関心で、「二人で築いていく結婚生活」をイメージしていた私にとって<これじゃあ体の関係がある同居人でしかない>と感じるようになっていきました。

このころの私は、私自身も自分の気持ちが最優先で、まだ心理学も学んでおらず、自分と価値観や行動の違うパートナーに対して、どう話したら気持ちよく行動してくれるか、向き合ってくれるかという知識がなく、どんどん不満が募りケンカがたえない日々となっていきました。

34歳:乳がんを経験

34歳で乳がんの診断を受けました。
幸い本当に初期で、手術をしてその後は順調に回復しました。

しかし、手術後1週間して、ふと「夫に<大丈夫?><無理しないようにね>などの優しい言葉を一度もかけてもらえていない」ことに気づきました。

このとき私の中で、「自分のことを大切にしてくれない人と一生過ごすのは無理、もういいや」という気持ちにはっきりと決まったのでした。その後、元夫とは離婚することになります。

ただ、今振り返ると、もちろん私にも欠点があるわけで、もともと「家族」というものに無関心な元夫は、私が「家族」になったことで「無関心の対象になった」というだけのこと。元夫からすると<何も変わっていないし悪いところはない>のです。それを見抜けなかった、気づかなかった私が未熟だったのです。



乳がんの診断を受けた時はやはり大きなショックを受けた一方で、限りがある自分の命をどう使っていきたいかなと考えた時、
「孤独感を感じていたり、ひとり寂しい思いをしている人の力になりたい」という思いが沸いてきました。

特に、結婚したいけどできなくて、寂しい思いをしている人の力になりたい、という思いをその時強くしました。

そう思ったのは私自身の経験もありました。
私の生まれ育った家庭や親せきも、昔はとても仲が良かったのですが、大きくなるにつれて、バラバラになっていってしまいました。
私自身も寂しさを感じていたし、バラバラになっていく家庭や親せきのために自分はなんで何もできなかったんだろうと悩んでいた時期もありました。

そうした経験を経たからこそ、単に「恋愛相談が好き」という延長ではなく、今度は私自身が、誰か別の人の「幸せな家庭」をつくるサポートをしたい、という思いを持って活動しています。

37際:9歳年下の夫と再婚

起業を学ぶスクールで、受講生同士として出会った9歳下の男性と結婚しました。

夫が9歳年下と言うと、みんな「すごいね」「やるね」と言われるのですが、私も最初、クラスメイトとして彼に会ったときは「若いかわいらしい男の子」なだけの印象で恋愛に発展するなど思ってもいませんでした。

でも、起業や社会の役に立つ仕事がしたい、困っている人の力になりたいなどの価値観が同じで、どんどん惹かれていき、1か月たったころにスクールの先生が背中をドン!と押したこともあり、お付き合いが始まります。

このとき衝撃的に大きく、ドン!と背中を押されたことで、9つ下、出会って1か月、という大きな壁を超えることができました。

婚活独身者の方にも、乗らないといけない大きな波が来た時は、逃すことなく乗るよういつでも覚悟を決めておいて欲しいと思います。そして、私もそんなあなたの波になりたいと思っています。

37歳:子宮頸がんの診断

その後、彼とのお付き合いは2年ほど。私はすぐに結婚したかったのですが、そのころ彼はまだ十分なお給料の仕事にもつけておらず、20代という若さももちろんあり、当然のことながら彼は結婚に踏み切れませんでした。

交際から2年ほどたったころ、私の父が突然亡くなり、家族として支える心が芽生え入籍の運びとなりました。

いつを入籍日にしようかと二人で考えていたころ、ようやく結婚も決まった37歳。すでに高齢出産の時期を迎えています。

急いで子作りをしなきゃと思い不妊治療再開のため検診をすると引っかかり、今度は子宮頸がんの可能性という診断を受けました。
幸い乳がんの時と同様、本当に初期の異形成段階で見つかったので手術をし、無事回復することができました。

これを読んでいる女性の方で、検診に長らく行っていない30代以上の女性の方は、今すぐ申し込んで欲しいと思います。その行動がどん底の後悔を減らせるからです。

38歳:長男を出産

子宮頸がん手術を終え、さあ妊活!のOKが出たとたん、自然妊娠が判明。

妊婦さんになるということがこんなにも幸せな気持ちになれるということを経験させてもらえました。

高齢だったので無事に生まれてくれるかの不安との背中合わせでしたが、欲しかった赤ちゃんができたことの幸せな気持ちは、他では変えられるものではありません。

もし将来子供を望んでいるなら、今面倒なことや向き合いたくないことをあれこれ考えて時間を無駄にせず、できることからでいいので前進することを強くおススメします。こんなに幸せな気持ちになれるのにそのチャンスを見過ごすのは、自分に失礼だということに気づいてくださいね。


初めての出産は、27時間苦しみに苦しんだ末に緊急帝王切開で出産しました。

どうせ切るなら早く切ってくれーーorz

長時間苦しんで帝王切開になった人がみんな言うセリフを私も言うことができました

(*_*;

妊娠中も仕事で朝も夜も駆け回っていた日々から一転、2か月間ひきこもりになり完全に育児ノイローゼとなり鬱状態でした…。orz
その後、当時流行りに流行っていた「保育園落ちた、日本死ね」の待機児童問題にも直面。しっかりブームに乗っていますね♪(-_-)

旦那さんは育児に熱心で感謝の毎日ですが、やっぱりまだまだ足りません。

お母さんになる準備が学べる機会もないけれど、お父さんになるための機会はもっとないことに気づきました。

プレママ・パパ講習や定期健診、行政の子育てイベントの機会がすべて平日昼間なことにドン引き。妊婦、産後でひどく体力を消耗している母親のすべてが任務となるのです。
そんな世の中の男性育児の機会の無さにも驚き「なんとかせねば」という出番を感じながら育児する日々を送っています。

40歳~現在:二人目妊活中です

41歳を過ぎましたが、諦めずに二人目の妊活中です。
婚活されている女性で、子供がほしいと考えている方には「とにかく急げ!」と言いたいですね…!

私もピンと来ていませんでしたが、このブログをここまで読んでくださった30代以上の方は、もう神の声だと思って、無になって突き進んで欲しいです。未来の自分のために。

不妊治療はお金も精神も時間も使いとても大変です。でも、あきらめず向き合ってくれている先生に出会ったり、自分の体調や人生を見つめなおすいい機会をもらえています。

TVで報道されている高齢出産の事例の陰で、たくさんの報われないカップルがいます。私たちもかけられるお金や時間は十分とは言えませんが、誰かの希望になれることを願い、良い報告がブログでできるように夫婦で頑張っていきます。